こんにちは、たなけん院長です。
今日はNetflix大人気ドラマ「地獄に落ちるわよ」の占いについて思うことをお話ししたいと思います。
このドラマは昔、占いブームを巻き起こした細木数子さんの半生をドラマにしたもので最近、公開されて大ヒットとなっているものです。
私の妻がよく見ていたし、その周辺でも見た、見たとかなりおもしろいと評判のドラマです。
しかし、私はたぶん、見ないと思います。
なぜなら、占いというモノを基本、信じていないし、占いというモノが絶対的に嫌いだからです。
占いと医療は実はよく似ていると思っています。
どちらも人の弱み(病気や悩みなど)に対して、助けるのかそれともつけ込むのかこちら側の人格、精神が重要になってきます。
皆さんは医者は病気を治すものだと思っているかもしれませんが、いつも私が言っているように私のようにたくさん手術している人間でも手術になる人は僅か10%だけで他の90%の人はただ、日々の体に対するお悩み相談みたいなものなのです。
確かに10%の手術患者さまは私が治療する事により、改善したり、治ったりするのでいいのですがその他の方はお薬か、注射か、リハビリか、どれかを選択しているだけでこれは疾患と付き合いやすいようにしているだけで根治とまでは言い切れません。だから患者さまは仕方なく、通院していずれかの治療を渋々しているだけで本当は病院など行きたくないはずです。
だから、日々、外来では患者さんのお体の悩みを聞いているのが医者の仕事なのです。
同様に占い師はそれこそ、人間の生活全般にわたって、お悩み相談をしている仕事と言えば仕事なのでしょう。
しかし、決定的に違うのは「責任」があるかないか だと思います。
当然、我々医師には治療を行うには責任というモノが絶対につきます。
が、占い師には全くそれがありません。ただ、思いつくまま、適当にアドバイスし、それが当たろうが、当たるまいが、相談者がどうなろうが責任は全くありません。
人の人生を左右するようなことに関係しているのに自分の言ったことに責任がないなんて、こんな気楽な仕事があるのでしょうか?
そもそも、人の将来など分かるはずがないし、仮に占い師は将来が分かるのであれば占いなんてして稼がなくとも、自然とお金は入ってくるのではないでしょうか。
神様がなぜ、人を何度もこの世の中に生まれ変わらせるのは、様々な経験をさせるためであって、辛い9割、楽しい1割の人生を送らせ、体験し、人格を形成するためなのに、どうして人はいつでも楽に生きたい方法を得ようと占い師に聞きに行くのでしょうか?
すべての人にとって、楽な人生というものはないにもかかわらずです。
細木数子さんの半生は知りませんがドラマでその主人公は占い師の頂点ということだそうですが、細木さんは幸せな人生を送っていたのでしょうか?
たぶん、違うと思います。自分が幸せでもないのに人に幸せになれる方法をアドバイスできるなんてほんと、ウソみたいな話です。
ましてや、人様にたいして「あなたは地獄に落ちる」などと言えるその無神経さと傲慢さに虫唾が走ります。
私は常々、「世のため、人のために人は生きる」という考えを絶対にしています。
世のため、人のために生きる経験こそが人が生きる価値であると信じています。だから、医者という素晴らしい仕事をさせてもらって幸せだと思っています。
しかし、それにはそれ相当の努力と忍耐が必要であることも痛感しています。医者という仕事をまともにいようとしたら、それこそ修行です。
まともに医者をするということは病気、ケガという難しい問題に困っている患者とともに寄り添い、ともに身と心を削りながらなんとかならないかを共に探していくという苦行です。
それがイヤなら何十万、何百万ももらって適当な治療をする事もできるし、要は困った人を救うということはこちらの心根一つで楽にも苦にもできるということです。
占いも医療も困った人を助けるという点では世のため、人のためになろうとしているのか、お金のためにしようとしているのか、よって変わるのは同じ職業だと思います。
だから、ドラマは見ません、たぶん、不愉快になるから。お金のためなのに人助けをしていると堂々と言う人達が多くでると思うので絶対に見ません。
今日も私は脊椎医としてツライ修行をしようと思っています。